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「うちに帰りたいなあ」三泊目の宿に着いた途端、夫はそんな言葉を吐いた。四泊五日の温泉旅行。もうすぐ金婚式を迎えるが、二人だけの旅行は新婚以来だった。
夫が旅番組を観ながら突然、温泉でも行くか、と云い出した。私は憧れの温泉宿をいくつも頭に浮かべた。しかし、行先の基準は「安い方がええ」だった。夕食なしの最安コース。この価値観で四人の子供を育て上げた。そう簡単には変わらない。旅先でも安い方がええ、と食事はコンビニ弁当。だが、さすが三泊目は辛かったようだ、その夜は外食をすることにした。
川沿いの温泉街を歩く。なかなか店が決まらない。「ここ、よさそうじゃないですか?」夫は店を一暼するだけで、どんどん歩いて行く。どこも高そうに見えるのだ。温泉街の外れにぽつんと大衆食堂があった。少し嫌な予感……。「ここにするか」「──」夫は店の中へ。一番安い日替定食を注文。煮物が美味だった。
帰ろうとすると、「よかったら食べてみて」と店主。川魚の佃煮だった。酒好きの夫がタダでは悪いと熱燗を注文。一口飲むなり微笑んで、私に猪口を渡した。口に含むといつもの上撰菊正宗。見知らぬところで友に出会った嬉しさに夫と二人、熱燗を追加。まんまと店主の術中に─。
帰り道、明日の朝食を買いに入ったコンビニでキクマサピンを発見。部屋で川の細流を聴きながらの二次会。「ピンは安くて旨い」上気嫌な夫。私は心で呟いた。安い方がええ、でええ。
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