11/24~11/28 研ナオコさんの回

今日のゲストは研ナオコさんです。7月7日静岡県伊豆市のご出身です。子どものころから歌が好きで、1970年歌手を目指して上京。8枚目となるシングル「愚図」で脚光を浴び、その後も「あばよ」「LA-LA-LA」「かもめはかもめ」など数々の名曲を歌われています。他にも女優として「時間ですよ」などにご出演、また「カックラキン大放送」などのバラエティ番組でも強烈なインパクトを残しています。

8枚目のシングルでヒットが出た時、事務所の社長さんが泣いたとか。
「『愚図』がヒットした時に、事務所がパーティを開いてくれたんです。いっぱい人が来てくれてね。7枚目までは全然売れなかった。もう、レコードが微動だにしない(笑)。お店から注文も受けてもらえなかったくらい売れなかったんです。だから8枚目でヒットした時には、普段鬼瓦みたいな顔をしてる社長が泣いたんですよね。それはぐっときました。表に出る人間は一生懸命歌うだけだけど、裏の人間はすごくいろんな動きをしなくてはならない。私よりも頑張ってますよね。私も人との出会いには本当に恵まれているんです」。

交友関係の広い研ナオコさんですが。
「幅広いけど、本当に心の中を打ち明けられる人は少ないかも。家に遊びに行ったりする友達は野口五郎かな。デビューが一緒で、その当時から一緒にオーディションに落ちまくっていたんです。五郎と二人のステージも来年開催しますよ。もう恒例なので私は飽きちゃった(笑)。五郎は完全に私に頼ってますね。ダジャレばっかり言う変態オヤジになってますよ」。

お嬢さんのひとみさんも歌手でいらっしゃる。
「歌手になりました。今25歳です。一緒にCMや旅番組にも出演させていただいています。高校を卒業するくらいに歌手になりたいって言いだして。その理由は本人に聞いてみないとわからないなあ。たぶんほかにやることがなかったのと、音楽が一番身近にあったからじゃないでしょうか。幼稚園の頃は送り迎えの時にはレゲエ、帰ってきたらロックを聞かせていましたから。今年2月に『かあさんへ/ありがとう』というCDをひとみと一緒に出しました。私は吉幾三さんの『かあさんへ』、娘はスキマスイッチの大橋卓弥さんの『ありがとう』をカバーしています。もう一度お母さんのことを思ってあげて、お母さんがいなかったら今の自分はいないよってことを歌いたかったんです」。

さて、お酒はお好きですか?
「特に日本酒はたまらなく好き。先日テレビでも紹介したのですが、おいしいおつまみがあるんです。北海道からお取り寄せの塩辛。今日は持ってきていないので、想像だけでお酒のみましょ(笑)。北海道には縁があって、実は畑を持っているんです。1500坪あるかな。ジャガイモ、ニンジン、カボチャ、玉ねぎ…。いろいろな野菜を作っています。土いじり、いいですよ。ミミズたくさんいるけど、ミミズがいたほうが栄養があるいい土ということだからいいんです」。

この人と飲みたい、という人は?
「いっぱいいるけど、ジャッキーチェンさんかな。また会いたいです。彼は本当にスタントマンを使わないから、危険な目にたくさんあっていて、実際体中にボルトや鉄板が入ってるんですよね。以前お会いした時、私の手を持って自分の頭をコンコンって。本当に硬くて驚きですよ。『おーナオコさーん』なんて話しかけてくれてね」。

来年には映画ご出演もご予定されているとか。
「鉄拳のパラパラ漫画の実写版『振り子』に、商店街のタバコ屋のおばあちゃんの役で出演しています。ババアの役ばっかり(笑)。来年2015年は芸能生活45周年。アルバムや全国ツアーも予定しています。意気込み?いつも一生懸命だから、全力投球でやるだけですね」。

研ナオコさん、ありがとうございました。

11/17~11/21 純名里沙さんの回

今日のゲストは女優の純名里沙さんです。
3月15日大阪府生まれ。1990年、宝塚歌劇団に首席で入団、初舞台で異例の抜擢を受け、翌年にはヒロインを演じました。宝塚在籍中にNHKの朝の連続小説「ぴあの」で主演を務め、またテーマソングも歌い注目を集めました。1996年退団、その後も幅広くご活躍されています。

宝塚に在籍中にドラマに出るのは珍しいことですよね。
「そうですね、とっても異例のことだったようです。遥くららさんが昼のドラマに出られていたことはあったのですが、NHKの朝の連続小説は初めてのことでした。でも舞台を1年近くお休みしてしまったので、帰ってきたときは不安で。初舞台よりも膝ががくがくふるえて緊張しました。周りの嫉妬ですか?それは落語会でも芸能界でも、どこでもあることだとは思いますが…私はプレッシャーを楽しむことができなかったんですよね。開き直って図太く楽しめたらどんなによかったか、と思います」。

この世界に入るきっかけは?
「両親が中学の教諭なのですが、その教え子がアマチュアのミュージカル劇団に通っていて、舞台を観に行ったことがあったんです。初めて生のミュージカルを観て全身鳥肌でした!観終わった時に『私、ここに入りたい!』と言いました。宝塚に入る方はみんな、3歳くらいからバレエなどの教育を受けている人が多いんですが、うちは両親が厳しかったので、高校は卒業しなさいと言われていたし、高校に入るまで声楽も習わせてもらえませんでした。宝塚の試験は中学3年から高校3年まで4回しかチャンスがないので、高校2年生のお正月に1週間泣いて両親に頼んで、3月の試験まで付け焼刃の練習をして臨んだら、1番で入ってしまって。試験を受けられることが嬉しくて、プレッシャーもなかったのかもしれません」。

純名さん、好きなものがいくつかあるとか。
「お酒も好きですよ。記憶がなくなる、なんてことは今まで一度もありませんが。私かわいくないんです(笑)自分の限界もわかるし、ちゃんと帰ってちゃんとお風呂に入ってストレッチして寝ますから。崩れてみたいんですけどね。あとは飛行機の中が好きです。地球から離れていると、くよくよすることや悩みなどがどうでもよくなっちゃう気がして。自分ってなんてちっちゃいんだろうって思えるんです。退団を決めたのも飛行機の中。課題に対して答えを出す場所でもあります。森や山の中も大好きです。屋久島に行ったのですが、台風の後でたくさんの葉っぱが落ちている。でも上を見上げると木についている葉っぱもたくさんあって、人生の哲学のように感じてしまいました」。

お酒を飲む機会はありますか?
「もちろん。人とお出かけするときはお酒を飲みたくなりますね。私は陽気なお酒で、ただ楽しくなります。人もおしゃべりも好きなので。一緒に飲みたい人?懐の深い人…おじさんと飲むと楽しいかな。おじさんって、ちょっと女性の部分も出てくるじゃないですか。だから女性の気持ちも理解してくれて寄り添ってくれる気がして。例えば京都に旅行に行ってタクシーの運転手さんがおじいさんで、ちょっとタンスのにおいがする感じなんていい!人生の知恵を教えてもらえるようで、私きっと質問攻めにしちゃいますね」。

お仕事のお話を聞かせてください。
「宝塚退団後、オーケストラとのお仕事をたくさんさせていただきました。東日本大震災の後に心の中が空洞になってしまって、自分はなにをしたいんだろうって考えたら、音楽活動がしたい!という思いが湧いたんです。そして今まで自分が好きだった曲を並べてみたら、共通してあった名前が笹子重治さんのお名前でした。早速笹子さんのライブに行って楽屋にお邪魔し、『一緒に音楽をやらせてください!』とお願いしました。今年は笹子さんとのクリスマスライブもやらせていただきます。今後の夢は、今の自分の声を素直に出せるようなアルバムをつくること。人に喜んでもらえるような歌い手でありたいと思っています」。

純名里沙さん、ありがとうございました。

11/10~11/14 やなわらばー 石垣さん東里さんの回

今回のゲストは、やなわらばーのお二人です。
ボーカルと三線の石垣優さん、そしてボーカルとギターの東里(あいざと)梨生さんのデュオでいらっしゃいます。二人は沖縄県は石垣島出身の幼馴染で、高校卒業後に大阪の音楽専門学校に入学、その時に二人で作った曲「青い宝」がきっかけとなって2003年デビューされました。石垣さんは昨年、関ジャニ∞の「仕分けコーナー」にご出演の際、歌うまキッズと戦って伝説を残されました。
石垣「対戦相手のお子さんが家族全員で来ていたのでやりにくかったけど、負けるわけにはいかないので(笑)。動画が3日間で9万回以上見られたということで…。aikoさんの『カブトムシ』を歌ったんですが、沖縄独特の節回しを入れて歌ったのが新鮮だったんだと思います。そのあとのインストアライブにはたくさんの方に見に来てもらうことができました」。

『やなわらばー』というグループ名の由来は?
石垣「沖縄本島の言葉で“やな”が悪い、“わらばー”は子ども、つまりワルガキ、みたいな意味です。私自身?そうですね、子どもの頃はがじゅまるの木に登って、先生に石を投げたりしていたかな(笑)まさにやなわらばーですね」。
東里「私は公務員の父が厳しくて。週に1回は父のテストがあるんです。テレビも見せてもらえなかったので、本を読んで想像ばかりしていました。ドラゴンボールを読みながら空を飛べるんじゃないかと考えたり」。

グループ結成のエピソードを聞かせてください。
石垣「高校卒業後に入った専門学校でホームシックになったんです。三線の音色と海の青さが恋しくて恋しくて。離れて初めて沖縄のいいところに気づいて作った歌が『青い宝』です。私は玄関開けたら海、だったので、島を思い出す時に頭に浮かぶのは青い景色なんです」。
東里「専門学校で先生が大きなオーディションを勧めてくれて、私たちは思い出作り、くらいの感覚で出たら優勝をもらいました。そのあとは学校もたくさんライブを入れてくれて、いろんなところで歌う機会が増えたんです。その頃はチューニングすらできず、ステージの上から先生を呼んでいましたね(笑)」。

お二人ともお酒はお好きですか?
石垣「好きです。東里さんはもともと好きだよね」
東里「はい、大好きです。毎日飲みますね。ライブの打ち上げで飲むのが一番おいしい!そのためにやってるような感じです(笑)」。
石垣「この前新宿のゴールデン街にふらりと行って、フォーク酒場に入りました。常連さんの横に座って、かぐや姫とか聞いて感動して」。

この人とお酒を飲みたい、という人は?
石垣「私は…フォークのかぐや姫さん。どうやってメロディがわいてくるのか、聞いてみたいです」。
東里「私は鶴瓶師匠です。以前に大きな打ち上げの時にご一緒させていただいたのですが、二人でお酒を飲むという機会はないので、ぜひ飲んでみたいと思ってます」。

結成から13~4年というお二人ですが、関係性などは結成当初と変化はありましたか?
石垣「昔からの幼馴染だから、22~3歳の時にどういう関係でいたらいいのか迷った時期がありました。今は一番しっくりきてるんじゃないかな」。
東里「今では長年連れ添った夫婦みたいなかんじで、べたべたもしないけど話すことはきっちり話す。先々週、初めて二人で飲みに行ったんです。話す内容は完全にプライベートな話。30代になったなあと感じるような話ばかりでした」。

今後の目標など聞かせてください。
石垣「時代に関係なく、いい歌と捉えてもらえるような歌を歌っていきたいです」。
東里「私たちは言葉とすごく大事にしているので、聴く人たちの心にどう響くか、勉強していきたいと思います」。

やなわらばーのお二人、ありがとうございました。