2/20~2/24 城之内早苗さんの回

今週のゲストは演歌歌手の城之内 早苗さんです。
1968年5月17日茨城県生まれ。1985年、当時10代に圧倒的人気を誇った伝説の番組「夕やけニャンニャン」から誕生した女性アイドルグループ「おニャン子クラブ」の会員番号17番として芸能活動を開始。明くる86年『あじさい橋』で演歌歌手としてソロデビュー。オリコンチャートでは演歌界では史上初となる初登場1位の記録を作られました。おニャン子クラブ解散後は演歌歌手として本格的にソロ活動を開始。昨年は日本レコード大賞日本作曲家協会奨励賞受賞を受賞されました。

デビュー30周年ということですね。
「演歌の世界って40年50年と頑張っていらっしゃる先輩方がたくさん。なのでたかが30年、でも自分にとっては様々な思いがあるされど30年、です。幼い頃は津軽三味線のお師匠さんになりたかったんです。民謡もやっていて。その頃父と一緒にスナックのカラオケでコブシを効かせながら歌を歌うと大人たちが褒めてくれまして、調子に乗ってオーディションを受け…というのが歌手になるきっかけです。結局オーディションは落ちて初の挫折を味わうわけなのですが、事務所の方に『レッスンを受けませんか』と言っていただいたんです」。

おニャン子クラブに入られたきっかけは?
「レッスンばかりの3年間だったので、つまらないでしょう、どうせ落ちるから、と人数合わせとしておニャン子クラブのオーディションに行くことになったんです。テレビ局でのオーディション会場で民謡が特技です!と歌ったら、審査の方もぽか〜ん。でも結果結果、受かっちゃった!と大慌てで引越しをしました。ある時、同じように地方から出てきたての河合その子ちゃんとテレビ局の食堂のレストランのテレビでオンエアが始まったのを見て慌ててスタジオに行くような、素人でした(笑)。まだ高校生ですから、番組のスタッフに成績表も提出させられるし、局の制作部で社員の方に家庭教師をしてもらったりもしていましたね」。

ご趣味が“女子プロレス”だとか?
「小学校の頃から大の女子プロレスファン。その頃はテレビでもプロレスをやっていて、4つ下の弟によく技をかけていました。憧れはビューティペア。茨城までは興行も来てくれないし、憧れ続けて、おニャン子クラブを卒業して一人で外に出られる、となった時に一番に言ったのが『女子プロレスのゲストに呼んでほしい』ということ。実際にゲストとして入れていただくことができました。最近でも事あるごとに女子プロレスファンであることをお話ししていたら、ある番組でビューティペアのマキ上田さんと一緒に歌を歌う機会をいただきました!それはもう、このお仕事をしていて本当に良かった!夢が叶ったと思った瞬間でした」。

お酒は飲まれますか?
「お酒、飲みますね。すぐ真っ赤になっちゃうんですけれど。お酒って、普段しにくいような話もできるところが良いですよね。そういう場を年々増やしていけたらいいなと思います。一緒に飲みたいのは大好きな韓国の俳優さんなんですが二人いて選べないんです…だから、近藤真彦さん!…いや、やっぱりダメだ!スターすぎて一緒になんか飲めないわ!だからうちの旦那でいいです(笑)」。

最新曲「豆桜」についてお聞かせください。
「豆桜、って小さな種類の桜のことなんです。河津桜や富士桜もそう。この歌では富士山が男性、その周りに咲く小さな桜が私、ということを歌っています。男性の邪魔はしないように腰を屈めている…。昭和の、三歩下がって夫の影を踏まずという奥ゆかしさを表現しています。私もこの歌で勉強させてもらいました。夫婦、穏やかで暖かい日もあれば、冷たい風が吹く日もありますよね。でも三歩下がって、と。私は三歩下がっても夫の影を踏む、かな(笑)」。

城之内 早苗さん、ありがとうございました!