お燗研究所

燗酒はじめて物語

燗酒の歴史

 お酒を温めて飲むことは、奈良時代頃から行なわれていたようで、平安時代には貴族社会で広がりました。民衆に広く普及していったのは江戸時代中期以降と考えられています。

 

燗酒の始まり

 日本における燗酒の記録として最も古いものは、万葉集の『貧窮問答歌』にあります。

 歌人山上憶良は「…すべもなく 寒くしあれば 堅塩(かたしほ)を取りつづしろひ 糟湯酒(かすゆざけ)うちすすろいて…」と詠んでいます。このことから、7世紀には「酒粕をお湯で溶いて暖をとる」ということが庶民のあいだで行なわれていたことが伺えます。

 平安時代の延喜式には、お酒を温めたと思われる「暖酒料炭一斛」という記載があります。炭の支給についての記述ですが、「暖酒」とありますからお酒を温めるために用いる炭のことでしょう。

 同じ延喜式に、お酒を温めた鍋だとされる「土熬堝(どこうか)」という文字も見られます。この鍋はおそらく直接火にかける「直燗(じかかん)」用の鍋だと思われますが、どのような形をしていたのかははっきりしていません。ともかく、この頃から温めたお酒を飲んでいたのは確かなようです。

 また、平安時代に貴族の間で広く読まれた、中国の白楽天(はくらくてん)の詩集『白氏文集(はくしもんじゅう)』には「林間に酒を煖めて紅葉を焚く」という有名な詩句があります。そのようなことに影響を受けたのかもしれません。

 お酒を温めて飲むことは、昔から季節によって行なわれていたらしく『温古目録』や『三養雑記』には、「暖酒(あたためざけ)重陽宴より初めて用ふるへし」とあります。ということは、旧暦の9月9日、菊の節句(現代の10月初旬頃)から、翌年の3月3日、桃の節句(現代の4月上旬頃)まで、主に冬の期間に飲んでいたようです。

 一年中温めたお酒を飲む習慣は、手軽に燗がつけられる瀬戸物の酒器が一般的になる江戸中期頃からだといわれています。

山上憶良・やまのうえのおくら(660頃~733頃):奈良時代前期の歌人。

貧窮問答歌・ひんきゅうもんどうか:

風雑(まじ)り雨降る夜の雨雑り雪降る夜は、すべもなく、寒くしあれば、

堅塩(かたしほ)をとりつづしろひ、糟湯酒(かすゆざけ)うちすすろひて、

しはぶかひ、鼻びしびしに、しかとあらぬ、ひげ掻(か)き撫でて、

我れをおきて人はあらじと誇ろへど、

寒くしあれば麻衾(あさぶすま)引き被り、

布肩衣(ぬのかたぎぬ)ありのことごと着襲(きそ)へども、寒き夜すらを、

我れよりも貧しき人の父母は、飢ゑ凍ゆらむ、

妻子どもは乞ふ乞ふ泣くらむ、

この時はいかにしつつか、汝が世は渡る

 

延喜式・えんぎしき:弘仁式・貞観式以降の律令の施行細則を取捨・集大成したもの。全五〇巻。

三代式の一。延喜5年(905)醍醐天皇の勅により藤原時平・忠平らが編集。

律令政治の基本として編集されたもの。宮中の年中行事や制度などについてしるされている。

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