アルコール発酵を行う酵母を大量に純粋培養する工程を「酛(もと)」、あるいは「酒母(しゅぼ)」と言います。雑菌汚染を防止しながら、優良な清酒酵母のみを純粋培養するためには、一定量の乳酸が必要となります。乳酸を自然の乳酸菌の力によって生成し、手間と時間をかけて優良な力強い酵母のみを育て上げる伝統的な酒母の製法を「生酛(きもと)」と言い、他方、乳酸を添加して短期間で造りあげられる「速醸酛」があります(図1)。
生もとの乳酸菌には主に、丸型の球菌であるL.
mesenteroidesと細長い型の桿菌であるL.
sakeiの二種類がいます。先に球菌が生育してきた後に、桿菌が生育してきます(図1)。
菊正宗酒造総合研究所では、生もとの乳酸菌の由来に関する研究も進めています。年度ごとに、酒母、原料、酒造道具類などから乳酸菌を分離し、各菌株のDNAのバンドパターン、つまり指紋のようなものを検出して(図2)、遺伝的関連性を調べたところ、驚くべき事実が解明されました。
桿菌(L. sakei)は米麹などの原料を由来としていて、毎年違うバンドパターンを示していたのに対し、球菌(L.
mesenteroides)は半切桶と呼ばれる伝統的な木製酒造道具を介して酒母に入り込み、同じグループの菌株が年度をまたいで活躍していたのです(図3)。
半切桶とは蒸米と水、米麹を仕込んで足で踏む、菊正宗独特のもと踏みをする木製の桶です。球菌(L.
mesenteroides)は酒造蔵内の半切桶を住み処としている、いわゆる「蔵つき乳酸菌」だったのです。
この研究は、ステンレス製の使い勝手の良い酒造道具も登場しつつある時代ではありますが、半切桶のような伝統的な木製の酒造道具を使い続けることにも「意味」があるのだと感じさせる研究ではないでしょうか。