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江戸積酒産地として灘郷が登場したのは、享保9年(1724年)の「江戸下り問屋調査」にある「灘目(なだめ)」が最初でした。 |
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| 灘五郷の成り立ち |
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ちなみに酒の主産地は池田・伊丹・灘と上方が中心であったため、江戸に送る酒は「下り酒」と呼ばれていましたが、「下り酒」とならなかったものを指していったことが、「くだらない」の語源となったという説もあります。 「灘酒」が伊丹、池田を追い越して江戸の市場を独占した理由の第一は酒質の良さですが、江戸の消費者の好む酒を造るため、灘をあげて寒造りに集中し常に技術の改良に心がけたことや、船足の速い樽廻船を使用したことなども、重要な要素として挙げられるでしょう。 |
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| 樽廻船(模型;菊正宗酒造記念館 蔵) |
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