3/26~3/29 春風亭一之輔さんと松本マスターの回@御影蔵にて

松本:今週で最後のほろよいイブニングトーク、常連客の一之輔さんと男2人のサシ飲みでじっくりお話をしていきたいと思います。
今日は、東京駅の目の前、丸ビル6Fにあります灘の酒と和食のお店「御影蔵」さんにお邪魔しています。
乾杯のお酒は生酒の爽やかな香りと、しっかりとした旨味で心地よい酸味が特徴の、菊正宗生酛生原酒です。こちらは「御影蔵」さん限定のお酒で、神戸・灘から直送されているんです。

さて、ゲストをお呼びしました。「御影蔵」さんの魅力をもっと知りたい、ということで、株式会社ニユートーキヨー代表取締役・森一憲さんにお越しいただいております。

一之輔:いいお店ですね。社長もお店にお酒を入れるときには味見をするんですか?お酒はお好きでしょう。

森:もちろん大好きですし、味見もします。飲んでいただいたのは灘から取り寄せている火を入れていないお酒なんです。店名の「御影」も菊正宗さんのある土地の名前。今、日本酒ブームですが、昔からの歴史があって美味しいお酒を作っている菊正宗さんとこういう店を作りたくて、ご協力いただきました。お店には酒ソムリエがおりますので、お食事や気分に合わせて、いろいろなお酒を楽しんでいただけると思います。

一之輔:お料理も日本酒にぴったりなものがあるとか。

森:はい。まずこちらが「ふきの酒粕漬け」です。

松本:ほろ苦さの中に春が感じられる一品ですね。日々徳島の鳴門漁港から直送されるお魚も出てまいりました。コチとヒラメです。

一之輔:こっちがコチ?あっちがコチ?(笑)いやあ、おいしいですねえ。

森:もう一品お召し上がりください。こちら「酒粕のふきのとう味噌焼き」です。ピザ生地みたいな部分が実は酒粕なんですよ。お店ではお料理に合わせて、ワイングラスで日本酒をご提供しているんですよ。

松本:お酒のテイストを生かしたお料理がいっぱい出てくるんですね。

一之輔:こちらはなんですか?

森:自分が好きな温度でお燗してもらえる設備なんです。言っていただければ、特別な錫(すず)のお猪口もお出ししますよ。日本酒のお味がまろやかになるんです。

松本:ランチや宴会もやっていらっしゃるという「御影蔵」さんの詳しい情報は、HPをご覧くださいね。さて、今週で今シーズン最後、ということで、ここからは今や日本を代表する噺家の一之輔さんについてお話を伺っていきたいと思いますよ。どうしてこんな一之輔さんが出来上がったのか(笑)。
一之輔:子供の頃は内気な子でしたよ。3人の姉ちゃんの後をくっついてまわって。野山を駆け回る、というタイプではなかったですね。部屋の中でダイヤモンドゲームしていました(笑)。

松本:ダイヤモンドゲーム!昭和な雰囲気ですね。しかしそんな内気な少年がラグビーを。

一之輔:高校に入学して、当時流行っていたテレビドラマの「スクールウォーズ」の影響でラグビー部に入っちゃったんですね。そうしたらこれが思っていた以上にきつくて1年でやめちゃった。なもんだから暇になってしまって、高2の春に面白いことないかなあ、と浅草をぶらぶら歩いていたら、そこに寄席があって、ふらっと入ってみたんですよ。

松本:そうしたら、めちゃくちゃ面白かったとか?!

一之輔:いや、そんなに面白くなかったんです。出てくる人も、観ている人も、そんなに一生懸命じゃない。だからその抜けた感じが心地よくて、寄席に通い始めたんです。落語の中身や噺家ではなく、寄席の空気に引かれたんですね。

松本:そんな一之輔さん、4月5日にイベントを行うんですよね。「春風亭一之輔×キッチンミノル  謎の新企画発表会」。

一之輔:謎の新企画、って決まってないだけなんですよ(笑)。ずっと写真を撮ってくれている、まあ誰よりも私を知っているカメラマンのキッチンミノルと一緒にやるんですが。小学館のカルチャーライブ!というHPでページを受け持って、そこで何をやるのか、の発表会なんです。落語もちゃんとやりますよ。

松本:イベントに関する詳しい内容は、小学館のカルチャーライブ!のHPをご覧ください。
さて、半年間、いかがでしたか?

一之輔:なんだかケツを蹴られたりビンタされたり…そんな思い出がありますね(笑)。

松本:今シーズンも、皆様ご来店ありがとうございました。

3/19~3/23 クミコさんの回

松本:今週のゲストは、シャンソン歌手のクミコさん。9月26日茨城県水戸市のお生まれです。1982年、シャンソンの老舗「銀巴里」のオーディションに合格。シャンソン歌手としてスタートされました。1990年、銀巴里が閉店後、歌手以外の活動を模索するもやはり続けていくことを決意、2000年に再デビュー。芸名をカタカナのクミコに改めました。アルバム収録曲「わが麗しき恋物語」が聴くもの全て涙する歌として大反響となり、2003年急遽シングルカット。シャンソンとしては異例のヒットとなり注目を集めました。昨年リリースしたデビュー35周年アルバム「デラシネ」は日本レコード大賞で優秀アルバム賞に輝きました。そして今月7日には新曲「最後だとわかっていたなら」をリリースされました。

クミコ:なんだかプロフィールって、ちゃんと生きてきたように聞こえますねえ。ありがとうございます。人生で順風満帆なんてないし、今だって。

一之輔:大学は早稲田大学だったんですよね。学生時代の思い出を聞かせてください。

クミコ:バンカラな校風を期待して入学する人が多いと思うんですけど、そんなに面白い、ぶっ飛んでいる人はいなかったですね。冒険しないタイプというか。学校案内に演劇サークルがあると書いてあったので、むちゃくちゃでぶっ飛んだ学校の演劇部かと思っていたけど全然で。大隈講堂の裏側に「劇団木霊」という不条理劇ばかりやっている劇団があり、そこにしばらくいたんです。でも歌うシーンで歌ってみたら、歌って自分をこんなに開放できるんだと気づいちゃって、やめちゃいました。
勉強?考えたこともなかったですね(笑)

一之輔:芸名の“クミコ”の名付け親でもある松本隆さんについて。

クミコ:永六輔さんとのご縁があって、前座などで使ってもらっていたんです。その時は本名の高橋久美子。その時に「名前が平凡すぎて覚えられないよ」と言われて、下の名前だけカタカナの高橋クミコ、にしたんです。そうしたら再デビューのタイミングで松本隆先生に「なんであなたはいつまでも別れた亭主の名前をつけているんだ」と言われて、クミコになったんです。松本先生とはもう18年のおつきあいになりますね。再デビューでプロデュースいただいたとき、16ビートに私が乗れず、何度も指摘されるから逆ギレして「じゃあやってみてよ」と言ったこともありました。私がポップス的なアプローチをやってきていなかったのでできなかったんですが、バンドなどではきちんと守らないと失礼になるということを学びました。

一之輔:お酒にまつわるお話を。お好きですよね。

クミコ:まあ、一之輔さんくらいの年齢の時はかなり飲みましたよ。お酒の失敗もたくさんありますし。失言しちゃうんですね。松本隆さんにも口を滑らせたことがありましたけれど…可愛がってくれるってことは、私の人間力?(笑)。今は一人の時はお酒は飲まないんです。一時期は酔うと物を投げる癖がありました。自分の結婚式でもやっちゃったりして。

松本:さてこのほろよい亭では、実現の可能不可能に関わらず、この人とお酒を飲みたい、という人をあげてもらっております。

クミコ:プーチンさんですね。面白そうじゃないですか。お酒を飲んだらどんなふうになるのか。

一之輔:最後に最新シングル「最後だとわかっていたなら」のお話を聞かせてください。

クミコ:アメリカの詩人、ノーマさんが息子さんを亡くした時、悲しみを捧げるために作った歌だったんです。同時多発テロの時に、チェーンメールのように歌詞が世界に広がって。そうしたらこの詩にメロディがあることを知って歌おうと思ったんです。
自分も10年前なら歌えなかったかもしれません。両親の世話も日々重くなってきて、「最後」という言葉をリアルに感じてきた今だから、自分への励ましにもなるしみんなで頑張りましょう、という気持ちで歌えるんです。昨日と同じ今日、がくることは奇跡ですよね。

3/26~3/29は 一之輔師匠と松本マスターのサシ飲み@御影蔵 です。