おわりに

生もとを用いた清酒醸造は,品質と安定した醗酵を求めておそらく多くの試行錯誤の後に生み出され,永く踏襲されてきた.少なくとも灘地方にあっては第二次大戦後も盛んに行われ,昭和32年の調査では,約76%の清酒が生もと系酒母を用いて製造されていた.15)生もと酵母に見られるリン脂質脂肪酸の特徴は,エタノール耐性の一因であると考えられるが,微生物の知識もない時代にこのように巧妙に微生物を利用していたことに驚嘆する.

また,段仕込は一般に,微生物汚染を回避するための方策と考えられているが,エタノール存在下に増殖することによって細胞膜バリアーを大きくする方策でもあった.清酒醸造では菌体増殖が停止した静止期以降もエタノールが蓄積しつづける.増殖と共役しないATPが多量に獲得されるのは,一見不思議なことである.しかし,膜透過性が大きくなるエタノール存在下に,細胞内の恒常性を保って生き続けるために,膜輸送性ATPaseを駆動するための大きなエネルギーを必要としていると考えることもできるだろう.

伝統的な清酒醸造を対照にした研究が,文字どおり温故知新となって,エタノール生産や微生物育種のヒントとして役立つことがあればと願っている.

本研究の遂行に,終始適切なる御指導をいただきました菊正宗酒造(株)常務取締役原昌道氏をはじめ,過分のご便宜をいただきました当社生産部の皆様,研究に多大のご協力をいただいた谷口(池田)朋氏に深謝いたします.


文  献
1) 秋山裕一: 改訂清酒酵母の研究,p.283-288, 清酒酵母研究会(1980).
2) D'amore, T. and Stewart, G. G.: Enzyme Microb. Technol., 9, 322-330(1987).
3) Ingram, L. O.: Trends Biotechnol., 4, 40-44(1986).
4) Mishra, P. and Simminder, K.: Appl. Microbiol. Biotechnol., 34, 697-702(1991).
5) 溝口晴彦,原 昌道:生物工学,72, 167-173(1994).
6) 溝口晴彦,池田 朋,原 昌道: 生物工学,72, 355-361(1994).
7) Palfauf, F., Kohowein, S. D., and Henry, S. A.: The Molecular and Cellular Biology of the Yeast Saccharomyces, vol. 2, p.415-500, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York(1992).
8) Ishikawa, T. and Yoshizawa, K.: Agric. Biol. Chem., 43, 45-53(1979).
9) Mizoguchi, M. and Hara, S.: J. Ferment. Bioeng., 81, 406-411(1996).
10) Mizoguchi, M. and Hara, S.: J. Ferment. Bioeng., 80, 586-591(1995).
11) Mizoguchi, H. and Hara, S.: J. Ferment. Bioeng., 83, 12-16(1997).
12) Wijeyarante, S. C., Ohta, K., Chavanich, S., Mahamontri, V., Nilubol, N., and Hayashida, S.: Agri. Biol. Chem., 50, 827-832(1986).
13) Beavan, M. J., Charpentier, C., and Rose, A. H.: J. Gen. Micorobiol., 128, 1447-1455(1982).
14) Mizoguchi, M. and Hara, S: J. Ferment. Bioeng.(In press).
15) 森 太郎:私信.



文字の表記について「生(きもと)づくり」(もと)」という漢字は、酒造用語に使われる特殊な文字で、パソコンの表示フォントに含まれていませんので、このコーナーでは、特別な場合を除き、ひらがなで「もと」と表記させていただきます。

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