2. リン脂質脂肪酸組成と膜透過性6,9)

 生もとと速醸もとの酵母リン脂質にみられた脂肪酸組成の違いから,膜流動性の違いと,それに起因する耐熱性に違いのあることは,容易に想像される.生もとの製造では,工程の最後に,エタノール濃度約10%の環境で,30℃まで昇温するという操作法があり,温み取りと呼ばれている.速醸もとでは,温み取りを行うと酵母の死滅が認められるので,一般には行われない.パルミチン酸(16:0)添加培養菌体を,0〜12%エタノールを含む培地に懸濁し,30℃に1時間保持したとき,酵母の死滅は認められないが,リノール酸(18:2)添加培養菌体では,9%以上のエタノールがあると有意な生菌数の低下が認められた.また,このような処理によって,菌体から漏出するカリウム,リン酸,ヌクレオチドの量にも,明らかな相違が認められ,酵母の生育活性の差異となってあらわれていると考えられた. さらに,温み取り処理によって,20%エタノールに懸濁したときの生存率は向上し,温み取り処理の間シクロヘキシミドを加えておくことでその効果は消滅することから,温み取りによって誘導されるストレスタンパク質の寄与していることが考えられた.

  一方,主発酵醪の最高温度は15℃前後と考えられるが,このような低温下でも高濃度エタノールが存在すると,酵母生存率に違いが認められた.パルミチン酸(16:0),リノール酸(18:2)をそれぞれ添加して培養した菌体を20%エタノールを含む緩衝液に懸濁し,15℃においたときの死滅曲線をFig.3に示す.
Fig. 3. Survival curves for cells of S. cerevisiae in buffered ethanol. Cells cultivated in the medium supplemented with 0.5 mM palmitic acid(●) or linoleic acid(○) were suspended in McIlvaine buffer containing 20% ethanol and incubated at 15℃. The viable cell count was measured by spreading dilutions of cells on GYP agar medium. Vertical bars indicate 95% confidence limits for four-fold experiments.


両者の死滅速度には明瞭な違いが認められた.このことから,生もとと速醸もとを長期保存したときに観察されたエタノール耐性の差異を,脂肪酸組成の違いによって説明できると考えられた.

  低温下においても,高濃度エタノールによって膜透過性は増大すると考えられる.そこで,リン脂質膜の脂肪酸組成が膜透過性にどの程度の影響を及ぼすかについて,人工脂質膜を用いて検討した.

  アシル基の大部分がリノール酸(18:2)からなる大豆リン脂質と,アシル基が飽和脂肪酸からなる合成リン脂質を混合して,種々の多重膜リポソームを調製した.この際に,蛍光物質カルセインを封入しておき,Co2+によって外部蛍光を消光しながら,17.5%エタノール-緩衝液(pH 7.3)中において,リポソームに保持されたカルセインに由来する蛍光を経時測定した.エタノールを含まない緩衝液中では,いずれのリポソームについても,蛍光強度の変化が認められなかったが,エタノール-緩衝液中では,カルセインの漏出にともなって蛍光が減少し,減少速度はリポソームの組成によって異なった.それらの結果をFig.4にまとめたが,アシル基として飽和脂肪酸を持つリン脂質の増加にともない,速度定数が急に小さくなっていた.












Fig. 4. Relationship between the percentage of acyl saturated phospholipid and the velocity coefficient of fluorescence decrease. Liposomes composed of PC and PE as described below were added to the buffer containing 17.5% ethanol.

PC PE Acyl saturated
phospholipid
(%)


S.B.a di-16:0b S.B. di-15:0c

a 1 1 2 25
b 1 1 1 33
c 2 1 33
d 1 1 50
e 1 2 67
f 1 1 2 75
g 2 1 100
h 1 1 100

a Originated from soy bean; b di-palmitoyl PC; c di-pentadecanoyl PE.

  そこで,細胞膜においても同様に,エタノール存在下では,膜透過性の違いがあらわれるか検討した.細胞を20%エタノールに懸濁し15℃におくと,ヌクレオチドの漏出がみられる.ヌクレオチド濃度の増加は,初期に大きく,徐々に穏やかになり平衡値に達し,漏出経過を単純拡散に近似できると考えられた.単純拡散モデルでは,細胞外溶質濃度と時間との関係は(1)式で表すことができる.

ln(C
-C)=ln(C-Ce0)-(1+ν)(A/V)P't (1)

ここで,
t
:time(h)

C
:extracellular solute concentration(mol/cm3)
when t=0, Ce=Ce
0
when t=, Ce=Ce

A
:total surface area of cell membrane(cm
2)
V
:total intracellular liquid volume(cm3)
V
:extracellular liquid volume(cm3)
ν:Vi/Ve(-)
P
' :coefficient of membrane permeability(cm/h)


エタノール濃度0〜20%の範囲において細胞懸濁液を用いてヌクレオチド濃度を経時的に測定し,20%エタノール中で観察される平衡濃度を用いると,実験データを(1)式に当てはめることができた(Fig.5).
Fig. 5. Relationship between ln(Ce-Ce) and time according to Eq.(1). (A) The effect of varing ethanol concentration in cell suspension on cell membrane permeability was studied. Ethanol concentration: ○, 0%; △10%; □, 15%; ●, 20%. (B) Cultures were prepared in basal medium supplemented with 0.5 mM palmitic acid(●) or linoleic acid(○) for the examination of a difference between palmitic acid and linoleic acid with respect to cell membrane permeability. Experimental data were obtained from cell suspension in 20% ethanol.


また,パルミチン酸(16:0),またはリノール酸(18:2)を添加して培養した菌体を20%エタノールに懸濁したときも,同様に直線関係が認められ,リノール酸(18:2)に比べ,パルミチン酸(16:0)の方が直線の勾配が小さい傾向にあった.

細胞を楕円体と見なすと,顕微鏡下に測定した細胞の長径,短径の平均値より,細胞体積,細胞表面積を求められ,これらをそれぞれ(1)式におけるVi, Aとみなすと,膜透過係数を推定することができる.そこで,数回の実験データからそれぞれ膜透過係数を算出し,Fig.6に示す結果を得た.
Fig. 6. Effect of fatty acid on membrane permeability coefficient(P'). Cells cultivated in the medium containing palmitic acid(16:0) or linoleic acid(18:2), supplemented with or without ergosterol(ES), were assigned to the experiments at 15℃, as described in Fig. 5B. Defatted albumin(○) or Brij 58(●) were used as the emulsifier for lipids in the cultivation media.




パルミチン酸(16:0)に富む菌体とリノール酸(18:2)に富む菌体では,細胞膜の膜透過係数に有意な差が認められた.脂肪酸分散剤にBrij58を用いると,リン脂質アシル基への添加脂肪酸の取り込み量も増大したが,同時に膜透過係数の間にも顕著な差が認められた.また,清酒醪中の酵母菌体から遊離ステロールはほとんど検出されないが,エルゴステロールを脂肪酸とともに添加して培養したところ,膜透過係数の小さくなる傾向が認められた.しかしながら,パルミチン酸(16:0)とリノール酸(18:2)の添加効果の関係は同様であった.

これらの結果から,リノール酸(18:2)添加培養菌体とパルミチン酸(16:0)添加培養菌体のエタノール耐性の差は,膜透過性の違いが影響していると考えられた.


文字の表記について「生(きもと)づくり」(もと)」という漢字は、酒造用語に使われる特殊な文字で、パソコンの表示フォントに含まれていませんので、このコーナーでは、特別な場合を除き、ひらがなで「もと」と表記させていただきます。

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